第7日:「ウル、19=260」

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7日間セミナー・第7日・ウル 19=260 地球の魔法使いの術

銀河の月16日 キン205「赤い惑星の蛇」

銀河の七方向への祈り

ロイディーン:

こんばんは、ようこそ7日間セミナーへ。今日は最終日です。しかし「時間の法則」をともに発見していくという意味では、まだ始まりに過ぎません。
今日は銀河の無欠性の月16日、セリ(Seli)です。これは赤の日です。赤い日なので、今日から新しい調波に入りました。調波52、宇宙の保存です。『キンの書』の今日に当たる部分を読み上げます。
存在の気品を思い出す。キン205「赤い惑星の蛇」です。

私は生き残らせるために仕上げる
本能を生み出しながら
現れの惑星の音で
生命力の保存を封印する
私は空間の力に導かれる
私は極性キン 私は赤い銀河スペクトルを拡張する

私たちがこの7日間に渡って、みなさんにご紹介してきたツールはすべて「共時性秩序」を航行するための指針となるものです。
もう一度、「時間のない状態(No Time)」というものを思い出して下さい。私たちがこの肉体としての身体の中にある限りは「いま」という時間しかないのです。常に「いま」という時間の中に生きているということを覚えておいて下さい。
四次元の時間のコードによると、今日を表す「蛇」という日は「5」で、「音」は「10」となります。ですから、これから260項目から成る『時間の力学』の基礎条件の「5.10」という箇所を読みます。

「5.10」生物圏から精神圏への移行に参入することは、正確にその時が設定された深い進化的な瞬間であり、そこで完全に開花した霊的な進化ヘと向けた螺旋が普遍化される。時間の法則および生物圏の自己制御機構であるサイバンクと意識的に再び連携する即時的な効果は、人類の磁気的な安定化と、地球の電磁場を定義する、極をとりまく輪の生命精神的な誘発である。

これこそが「共時性秩序」の一例なのですが、いま読み上げた「5.10」という箇所は、まさに私たちが今夜みなさんに伝えようとしているテーマ、「ウル/19=260」と「極をとりまく虹の橋」と一致しています。
ここでホゼに交代しますが、後ほど私はボロン・イクの話をさせていただきます。

ホゼ:

こんばんは、今日は最後のクラスです。第7夜、つまりプラスワンのクラスです。もうおわかりでしょうが、7番目とは大きな立方体の中心に位置します。これまでの6つのクラスでは、私たちはいわば立方体の6つの面を構成してきました。そして7番目のクラスの今日、私たちは巨大な立方体の中心に位置しているのです。

ニュースを聞いた方もいらっしゃるかもしれませんが、今日、日本で50万年前の住居遺跡が発見されたそうですね。50万年前とは、本当に古い話です。それにかなり衝撃的なニュースなのではないかと思います。これまで見つかっていた最古の遺跡から、さらに45万年も遡った遺跡が発見されてしまったのですから….。その間の空白の45万年には、いったい何があったのでしょうか? こういったことも含めて、私たちはこれまで持っていた色々な常識を見直す時期にきているのだと思います。
今回の遺跡では住居の土台が発見されたということですが、その土台部分によく似たパターンが2つ見つかりました。どちらのパターンも5角形で、その中心に7個の印があったのです。この「5」と「7」という数字は「時間の法則」でお馴染みですが、「5」は「第五の力」を意味し、「7」は「第七の力」、「心のヘプタゴノン」を表します。このよく似たパターンが2つ見つかったというのは、大変に興味深いことです。

私たちはこのセミナーの中で「5」と「7」という数字の持つ力について話してきました。それが発見された最古の人間の住居にもあったのです。しかもここ、日本においてです。そしてそこには「5」と「7」という数字のパターンもありました。
これが何を意味するかというと、人間の心においては数字が与える影響力は非常に強いということだと思います。もちろん、物質社会に生きている私たちは、数字をすぐに量やお金と結び付けてしまいます。しかし、心が属する四次元秩序の「時間の法則」では、数字そのものが、より高次のリアリティを表す言語と言えるのです。

このような「5」や「7」という数字は、意図的に作られたパターンです。50万年前に存在していた人たちがだれであれ、彼らは高次元秩序の数字が持つ力について明らかに知っていたということです。このことが昨日と今日、新聞に報じられたというのは、非常に興味深いことです。つまりこの「時間の法則」のセミナーの最中にこういう発見があったという意味で興味深いのです。

「時間の法則」の発見は様々あるのですが、あまり時間がないので、かいつまんでしかお話できないと昨日申し上げました。ですから、カクテルパーティーのような方法をとっているのです。では、ここでもういくつか味見してみましょう。
この「時間航行学101」の第一回目のクラスを受講しているみなさんに、ここでひとつ申し上げたいことがあります。これは日本で行う「時間航行学101」のはじめてのクラスなのですが、私は最終試験などは行いません。ですから、みなさんは何を学んだかを私に報告する必要もありません。
しかし、今夜全課程が終了して卒業するみなさん全員には、いわば「初級時間航行士」としての資格が授けられます。チリでの7週間セミナーを受講した人たちが、「上級時間航行士」に値するのですが、こうしてここで「初級時間航行士」が誕生するのもとてもよいことです。でも威張ったりはしないで下さい(笑)。

友達に話すくらいなら結構ですが、少し謙遜して話すようにして下さい。みなさんはまだすべてを知ったわけではないのですから….。しかし、みなさんの周囲に、時間航行学というものを広めるためならば構いません。できれば、固い集合意識に少しづつ穴を空けていって下さい。みなさんが時間航行士だということが友達にきちんと伝われば、凝り固まった集合意識に少しだけ切れ目を入れることができるかもしれません。時間航行士であるということは、みなさんが「時間の法則」を理解し、勉強しているということです。

「相対性理論」というものは、いわゆる物理学の分野に限定されていますが、「時間の法則」は科学的、芸術的そしてスピリチュアルな真理なのです。「時間の法則」によると、「時は芸術なり(Time is Art.)」であり、また「時間によって因数分解されたエネルギーは芸術に等しい( T(E)=ART )」ということになります。
<20の銘版>と<7:7::7:7>を研究することによって、私たちは科学的なアプローチをすることができます。しかしこの法則は同時にスピリチュアルな真理でもあるのです。
1995年にオウム事件がありましたが、それ以来、日本人はスピリチュアルなものやスピリチュアルな真理について話題にするのをためらうようになりました。しかし、私たちの怖れが人類進化の探求を妨げているならば、それは非常に残念なことです。時間航行士だからといって、みなさんがどこかの派閥や宗派に入っているわけではありません。みなさんは単に銀河の進化の方向に向かっているひとりの人間に過ぎません。

では、スピリチュアルという言葉を使うとき、それはどういう意味でしょうか? 通常、「スピリチュアル」というと、非物質的でエゴを超越した統一された状態を意味します。みなさんの銀行口座に入っているものとは、かなり性質の違うものなのです。統一された状態(Unity)について話すとき、それは非物質的でエゴを超越したあらゆるスピリチュアルな道が統一された状態という意味です。
土曜日に私たちは銀座であるプレゼンテーションを行いましたが、そのときある老人がやってきて、私に非常に面白いことを語ってくれました。
「あなたが何宗か、あなたが何を信じているか私にはわかりませんが、私は仏教徒です。私は山には頂上はたったひとつしかないと信じています。頂上に至る道はたくさんありますが、それらの道はすべてひとつの頂上にたどり着くのです」と。
つまり「時間の法則」がスピリチュアルな道であるというとき、私はいわば頂上からの眺めについて言っているのです。

先日、様々な覚醒の使者についてお話をしましたね。それは仏陀、キリストとマホメットでした。
<テレクトノン>の預言によると、この3人はそれぞれ代弁者を持っていました。仏陀の代弁者はパドマサンバヴァで、キリストの代弁者はパトモスの聖ヨハネです。そしてマホメットの代弁者はケツァルコアトルです。パドマサンバヴァというのは、最初にチベットに仏教を持ちこんだ人物です。面白いことに、彼はパカル・ヴォタンの死の直後に現れました。そしてキリストの代弁者であるパトモスの聖ヨハネは、新約聖書の最後の部分の「黙示録」を書いた人物です。面白いことに、マホメットもパカル・ヴォタンと同時代に生きていました。

<時間の法則の20の銘版>によると、16年間のうちの最初の7年間は「7人の預言者の7年」と呼ばれています。この16年間の第1年目であるである97年から98年にかけては「仏陀の年」と言われています。そして第2年目の98年から99年にかけては「キリストの年」と言われてます。仏陀は「ひとつの心」を教え、キリストは「ひとつの愛」を教えたものとされています。そして今年、99年から2000年にかけては第3年目に当たりますが、これは「マホメットの年」です。そして、それは「ひとつの神」の教えです。もし本当に神がいるとしたら、それはたったひとりでしょう。別に神がいないというわけではありませんし、ディーバや天使が存在しないというわけでもありません。
古来からの様々な神話には「神」と呼ばれる存在が出てきますが、もし宇宙というものがたったひとつだけで、その宇宙が、知性を創造する何らかの統一理論と関係があるとするならば、それが「神」であり、それはたったひとつしか存在しないでしょう。そのような統一理論がいくつもあったなら、互いに争いを起こしているでしょう。しかし何かをめぐって争っているのは常に人間であるように思います。

「時間の法則」は、これまでに現れたあらゆるスピリチュアルな真理を肯定するものです。そのスピリチュアルな真理がどんなものであれ、またそれが不運にも制度化されてしまっても、「時間の法則」は、この歴史の流れというもの、特にここ4〜500年間に起きた国家主義的、派閥的な12:60の流れを認めています。
たとえば、仏陀は「慈悲」を教えました。キリストは「汝を愛するように隣人を愛せよ」といいました。マホメットはコーランの中で「自分に挨拶をする人には、それ以上の挨拶で応えなさい」と説いています。そしてその挨拶とは「平和」のことなのです。にもかかわらず、歴史上キリスト教徒はずっとイスラム教徒と戦ってきましたし、イスラム教徒はヒンズー教徒を殺害しています。
日本や中国の仏教史からも明らかなように、僧侶たちは別の宗派の僧侶たちと戦ったり、侍とも争ったりしています。チベットには4つの仏教の宗派がありますが、彼らは互いに争っています。これらはみな事実です。しかしこのようなことが起きているからといって、「仏陀やキリストやマホメットの教えは真実ではない」などと言ってしまったら、それこそ人類の遺産として残されたものの大半を投げ捨てるようなことになってしまいます。

「時間の法則」は、この覚醒の3人の使者、すなわち仏陀、キリスト、マホメットを認めています。そしてこれら偉大な使者の教えは、すべて堕落してしまったと認識しています。制度化されてしまった宗教にはかなり破壊的な面がありますが、同時にその教えのスピリチュアルで芸術的かつ創造的な側面をみていかなければなりません。
たとえば、奈良や京都に行ってみれば、そのことがよくわかるでしょう。また中東のどこかに行って、信じられないほど美しいモスクを眺めてみれば、そのことが理解できるでしょう。またステンドグラスの窓のついたキリスト教の大聖堂などもその一例です。バッハのような偉大な音楽家も、キリスト教の芸術の賜物です。彼の音楽のほとんどは、キリスト教の儀式に捧げられました。つまりスピリチュアルで、芸術的かつ文化的なものは、大きなインスピレーションをもたらすだけでなく、同時に大きな混乱にも結びつくということがわかります。

私自身、子供の頃はキリスト教徒として育てられました。プロテスタントでルーテル(ルター)派でした。私はキリスト教が特別に好きなわけではありませんでした。そして19歳になるとすぐに自分が本当の意味でのキリスト教徒でないと気づき、実存主義哲学を勉強したり、ジャズを聴くようになりました。
私が仏教と出会ったのはそんなときでした。私は「これは面白い」と思いました。そこで私の大学に来ていた仏教の先生の講義に出てみました。
それはちょうどサイケデリックドラッグがアメリカに入ってきた1960年代の半ば頃なのですが、私はLSDなどに手を出し、ティモシー・リアリーと同様の体験をしました。そしてティモシー・リアリーの著書だけでなく、チベット仏教に関する本を読み漁り、自分がチベット仏教と密接につながっていることがわかりました。本には師が必要だということが書いてありましたので、私は師を求めました。

ちょうど1960年代の後半から70年代初頭にアメリカにやってきたチベットのラマ僧たちと私は話をしました。そして1971年になって、ようやく自分の師だと思える人にめぐり会いました。彼は、チョギャム・トゥルンパ・リンポシェという非常に無骨なラマ僧でした。彼の書いた多くの本の中に、「精神物質主義を斬る」というような題名のものがありましたが、彼は自分の教えは「狂気の知恵」だと言いました。
彼はまた芸術家でもあり、私はいくつかの芸術プロジェクトにおいて、彼とともに仕事をしました。そして私と妻は深く勉強し、様々なイニシエーションを受けました。熱心に瞑想もしましたし、奇妙な青色をしたチベットの神々を視覚化する練習もしました。しかし、80年代半ばになると、私たちはもう行きつくところまできたと感じました。

これは菩薩の考えであり、スティーリー・ダンの歌とも関係があるのですが、それによると「悟り」を引き伸ばすという考えがあります。すべての存在の悟りを助けるために、自分自身の悟りを引き伸ばすという考え方です。すべての存在とは、すべての人間、動物そして木の葉一枚に至るまでです。私の師は、まず世界を救うのが大切だと説いていました。そういうわけで、私は何度か菩薩の誓いを立てました。
しかしながら、北米仏教徒のサークルは小さなプライベートなものばかりで、彼らはそのサークルの中に満足してしまって、世界を救うことなど、あまり興味がないようでした。

私は何年もの間、芸術史を教えましたが、実際、私は何も知らないものについての芸術の歴史をそこで教えていました。私自身がそれについて勉強したかったからです。というわけで、この惑星地球にある、ネイティブ・アメリカン(北米インディアン)の芸術、中国と日本の芸術、インド芸術など、あらゆる地方の文化の芸術について教えてきました。またイスラム芸術のコースもあり、そこではアメリカにはじめて入ってきたサウジアラビアの人々などにも会い、私はイスラムについていくつか学ぶべきことがあると感じました。

そして1987年以降、それはちょうど私の息子が自動車事故で亡くなった時期だったのですが、私と妻は仏教のコミュニティーを出ました。その何年か前に私は夢を見ました。その夢の中で、私の師が地球の中心の次元間のトンネルに現れたのです。そして師はトンネルの中で私に言いました。「これから、お前は他の者たちにもう仏教徒でないことを示すようなことをしなければならない」と。「それはなんですか?」と私が聞くと、師は「お前は地球の宗教を人々の手に取り戻さなければならない」と答えました。それで、自分たちが仏教のコミュニティーを離れたのは、より大きな事業を成し遂げるためだということに気付いたのです。

それから間もない1988年に、北米で「教育を通した平和会議」が行われました。そこである女性が私たちを訪ねてきました。彼女はティネッタ・ムハンマドという人でした。もちろん彼女はイスラム教徒でした。
彼女はある事情があって私たちを探していました。1980年頃に、彼女はあるイスラム教の学者のもとに行くように命じられたそうです。それはラシャド・カリファというエジプト人学者でした。
ラシャド・カリファは、当時アリゾナのトゥーソンに住んでいました。彼は1959年にエジプトを離れ、生物化学を学ぶためにアメリカにやってきたのです。

彼、ラシャド・カリファの父は、ある有名なスーフィーでした。スーフィーとはイスラム教の神秘的な宗派のひとつです。ラシャド・カリファは科学的な思考を身につけるために渡米してきたのです。
彼はいったん生物化学の博士号を取ると、アリゾナ州で化学者として働いていましたが、そこで仕事を得た彼は本当にやりたいことを始めました。それはコーランの英訳でした。それまでも何度かコーランは英訳されていましたが、実際にアラビア語を理解できる人が英訳したのはそれがはじめてでした。彼はそれをやりたかったのです。

彼は自分自身に次のような誓いを立てました。「コーランを完全に理解するまでは一行たりとも訳さない」と。
コーランは114の章で構成されていますが、各章はアラビア語で「スーラ」と呼ばれています。彼は第1章目は何とか訳しました。それは7行あるだけの非常に短いものでした。その7行を実は一日5回の祈りの中で繰り返すのです。この「7行を5回唱える」というのがイスラム教のベースになっています。イスラムとは「平和」、あるいは「世界の神に従属するゆえの平和」という意味があります。
2章目に入ったところで、彼の翻訳はぴたっと止まってしまいました。なぜなら第2章の一番最初に、「アリフ」、「ラーム」、「ミーム」という3つのアラビア文字があったからです。いったいこれはどういう意味なのでしょうか?
コーランには114の章があるのですが、そのうちの29の章がこのような出だしで始まります。

コーランはマホメットが唯一世に残したものです。マホメットは23年間に渡ってコーランの情報を受け取り続けたのですが、彼は14才の頃、毎夏瞑想していた洞穴であるヴィジョンを見ました。それは仏陀の悟りの体験に非常に近いものでした。
この体験の中で、マホメットは宇宙の彼方へと連れて行かれました。その宇宙の遠い場所で、彼のハートにコーランが授けられたのです。しかし、それを書き記すのに23年間かかりました。彼のハートの中で、天使ガブリエルとともに体験したのですが、それでも現存のコーランの形にするのにそれだけの時間がかかりました。その間にも彼は迫害を受けていました。そして622年に彼はメッカからメディナに越しました。この移動のことを「ヘジュラ」といいます。
その後、10年ほど彼はメディナに留まりましたが、自分を迫害する人々と戦うために、小さな軍隊を組織しなければならないほどでした。それでも彼は頑張り続け、ついに62才で世を去る直前にようやくコーランを完成させました。そしてそれを特定の形にまとめるように命じられました。

そもそもなぜコーランが存在したのかというと、それはイエス・キリストが何も書き残さなかったからです。そのためイエス・キリストの教えに関して、様々な逸話があるのです。イエス・キリストの何百年、何千年前に、モーゼもある啓示を与えられたのですが、それもかなり堕落し、歪められてしまいました。
しかしマホメットは「最後の契約の書」(Final Testament)というものを受け取りました。書き残しておけば、いったいだれがそれを受け取ったのかも明白ですし、また受け取った通りに書き残しておけば、だれも疑いを抱きません。もちろん二世代も経ると、アラビアから大西洋、そしてインドへと、この宗教はすごい勢いで拡大していきました。

このメッセージには非常なカリスマ的パワーがありましたが、やはり二世代を経る頃には、マホメットの教えは歪められてしまいました。
コーランに従うのではなく、いわゆるマホメットの教えというものに従って、ハディスとかスーナと呼ばれる伝統が発展してきました。これがいわゆるイスラム教になっていくわけです。イスラム教とマホメットとの関係は、ちょうどバチカンとキリストの関係と同じようなものです。
たとえば、どんなに堕落してしまったのか、その一例を挙げますと、新約聖書の隅から隅まで読んでも、キリストは一度たりとも「私は神の子である」などとは言っていません。キリストの死後から300年ほど経った「ニケアの公会議」に、キリスト教徒たちがいわゆる「三位一体」という教義を作り上げたのです。この会議において「神」と「キリスト」と「聖霊」という「三位一体説」が作られたのです。

コーランのテキストの中には、キリストに関する記述が何度もでてきますが、そこでは「キリストはただの使者であって、神の子ではない」と書かれています。しかし、コーランは、それが人類のための最後の教義であるにも関わらず、それ自体が無視されたために、堕落して歪められてしまいました。そしてイスラム教徒はコーランを基礎とするのではなく、マホメットの教えに言及するようになりました。さらにキリスト教徒がキリストを神格化したのと同様に、彼らはマホメットを神格化したのです。つまりイスラム教もキリスト教も同じ間違いを冒したというわけです。

仏教に関しても同じようなことが起きました。
仏陀は「私の彫刻や私の姿に似せたものを作ってはならない。すると私は偶像になってしまい、あなたたちは大事なものを見失ってしまうからだ」と言いました。
仏陀がニルヴァーナに入って以後の300年間は、だれも仏陀の姿形に似たものを作りませんでした。人々はスワスティカや足跡のようなシンボルを使いました。しかし現在、仏教というと、奈良の大仏などを思い浮かべてしまいます。また、香港のランタオ島には世界最大の仏陀があって、香港の人たちはそれを誇りにしていますし、それが香港に繁栄をもたらしていると言っています。

仏陀は「己の心を知れ」と教えました。そしてキリストは「汝を愛するように隣人を愛せよ」と説きました。マホメットは平和を説きました。
コーランは仏教の教えとかなり似通っています。その中でいわゆる「カルマの法則」と呼ばれるものも出てくるのですが、いかなる人間も自分自身の人生に責任を持っている。そしてあなたと神との間には何ひとつ分け隔てるものがないと説いています。
仏教では、何かいいことがあれば、それは必ずあなた自身の行動が返ってきたに過ぎないと教えます。そして悪いことが起こったとしても、それは自身の行動が返ってきたに過ぎないと説いています。また、仏教では死に際して、自分自身の「審判の日」を迎えると言っています。もし生前に自分自身を裏切るような悪行をしていたら、地獄のような体験をする。しかし悪行よりも善行の方がはるかに多かった場合は、天国に行けると説いています。そのような情報は必要です。

いま、このようなことをお伝えしたのは、イスラムやマホメット、コーランについてあまりにも多くの誤解、間違いがあるからです。とにかく1400年というコーランの長い歴史の間に、例の謎の文字のある29の章は、人々を困惑させてきました。
科学者でもあったラシャド・カリファは、1970年代当時、コンピューターを使うことができました。そこで彼はコンピューターを使ってコーランを分析しようと考えました。そこでまずこの文字の意味は何だろうと考えたのですが、この不思議な文字が色々な章や節に表れたりするということがわかってきて、文字が何らかの数学的なコードをベースにしてできているということがわかってきました。

そして、この数学的コードが「19」という数字だったのです。コーランの74章30節をみて、彼はやっと納得がいきました。そこには「19がその番をする」(岩波文庫『コーラン』井筒俊彦訳より。以下、同)と書かれていました。その後の32節以降には「いや、いや、皎々(こうこう)たる月にかけて、遠ざかり行く夜の闇にかけて、白み来る暁にかけて……これぞこれ最大の(禍い)の一つ。人間どもへの警告」とありました。
つまりラシャド・カリファ博士が発見したのは、コーランの奇跡は「19」という数学的コードをベースにしてできているということだったのです。

ラシャド・カリファのこの研究は、1980年に『サイエンティフィック・アメリカン』という科学雑誌に掲載され、その結果、彼の名はイスラム世界全体に知られるようになりました。しかしその後、彼はイスラム世界から嫌われるようになりました。なぜなら彼は、イスラム教に必要なのは「19」という数学的コードを含むコーランであって、ハディスやスーナなどのほかの経典は必要ないと断言したからです。
たとえば、それはマルチン・ルターが、教会もバチカンもいらないと宣言するようなものです。このためにラシャド・カリファは、1990年1月31日にトゥーソンのモスクで暗殺されてしまいました。

話を元に戻しますが、彼が暗殺される10年前の1980年にティネッタ・ムハンマドは彼に会い、「19」という数字について教えを受けました。ティネッタ・ムハンマドは有名なアメリカの黒人のイスラム宗派「イスラム共同体」の創始者であるエリヤ・ムハンマドの未亡人です。エリヤ・ムハンマドは、75年以降、彼女にメキシコからの預言と数学を勉強するように彼女に指示していました。
1987年8月16日のこと、ティネッタ・ムハンマドはエジプトの大ピラミッドにいました。そこで彼女は、<ハーモニック・コンバージェンス>の日にピラミッドで瞑想するように人々に勧められ、そこに行きました。そしてだれかが彼女にホゼ・アグエイアスと『マヤン・ファクター』について教えました。彼女はそのとき、マヤの数学のベースは「0-19」というコードだということを知ったのです。

そのような事情で、彼女は私を探し回って、1988年に私たちに出会いました。私たちは話し合いをしましたが、彼女はラシャド・カリファの暗殺の直前に、マヤの暦も「0-19」というコードが元になっているということを彼に伝えることができました。
残念ながら、ラシャド・カリファはそれについて何もすることができませんでした。暗殺された当時、彼は54歳でした。そして私が登場したのです。
1993年以降、私は<テレクトノンの預言>を理解し、解読を始めました。私はメキシコにあるティネッタ・ムハンマドの自宅で何日も過ごしました。この中にどんな数字があるのだろうと思って、コーランを何度も読み返しました。

コーランはそれ以前の様々な聖典の教えを肯定している、スピリチュアルなテキストであるとされています。私はそのコーランの中に「時間の法則」があることに気づき始めました。ラシャド・カリファが知り得ないことを知りました。それはコーランの中にも「13」、「20」そして「7」という数字があるということです。コーランを読めば読むほど、その中に「時間の法則」の数学がたくさん隠されていることに気がつきました。
もし「19がその番をする」ならば、マヤ暦である「ツォルキン」の中にも「19」を見つけることができるかもしれないと考えました。そして驚くべき発見をしたわけです。
(図を指し示して)これはキン番号が付いているので、研究するにはもってこいの「ツォルキン」です。もちろん縦方向に読むこともできますが、横方向に読むこともできます。太陽の紋章のコードもわかります。また斜めにも読むことができます。

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私は「19」という数字がここにあるのを見つけました。そしてその「19」から右斜め上の方向に動いていきます。すると、斜めの位置にあるものが、38-57-76というというようにすべての19の倍数になっているということがわかりました。そして19×7が133になります。さらに152、171….と続いて、最後が247になります。つまりこの斜めのラインが「19」の倍数になる唯一のラインだとわかりました。「ツォルキン」全体の中でも、そのようになるラインは他にはありません。しかしいまのラインと平行に進む他のラインはすべてキン番号の差は「19」になります。従って「19」がツォルキンを完全にコード化しています。そして完全なより糸のラインを作っています。この「19」の倍数の部分が完全な斜めの線を作っているのは、数学的にとても興味深いことです。これがコーランの「19がその番をする」ということを裏付けています。
他のラインはどうかというと、たとえば、「9」から始めると、その次は「28」になり、その差が「19」となります。そして「19」から始まったラインは右端の「247」で終わります。「247」は「19×13」とも書き表せますが、それは「7」という要素を持っています。左から右上に上がっていくラインは、すべて「19」の差を持っていますが、左上から右下に下がっていくラインは「21」の差があり、それは「7×3」ということになります。右上に上がる「19」のより糸が終わるところが7番目のラインになります。このとき私は「19」と「7」という2つのキーナンバーがあるということを納得しました。

先ほども言いましたが、コーランの第一章は7節でできています。最初の一行目は「慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名において……」と書かれています。それはアラビア語の原語で「19」個の文字でできています。この言葉はコーランの中で正確に114回繰り返されています。それは「19×6」という数字です。実際にキーナンバーは「19」と「7」なのです。
これ以外にも発見があるのですが、「19」のより糸を右下から「7」の位置まで斜め上に上がっていくと、右端の「13」の位置に行き着きます。そして「19」という数字は「復活」という意味を持っています。こうして到達した右端よりも上のラインには6つの位置があります。ここで「6日間の創造」とか「立方体の6面」というものを思い出して欲しいのですが、これらの6つの位置は「誕生」から「死」までの周期を表しているのです。つまり、1番目の「竜」は「誕生」の力をあらわし、6番目の「世界の橋渡し」は「死」の力を表すからです。従って、この範囲は「誕生」から「死」までの周期を司ります。

下の部分の7から19までは「時間の周期」で、「19」は復活の数字です。つまり、1番目から6番目までの範囲は「誕生」から「死」までの周期を表し、下の13個の範囲は、時間を通しての復活の周期というものを表しているのです。20番目の1番下の列は、「自己存在的な啓発」というものを表しています。これが「ツォルキン」のさらなる教えです。
これはコーランの教えをさらに裏づけてくれるものなのですが、仏陀も「サンサーラ」という誕生から死までのサイクルを説いています。従って、「6」という数字は、不完全な人間というものを表す数字なのです。そして、下部の完成に至る周期というのが、7番から19番の数字なのです。20番目は0にもなりますが、それが仏陀などの言うところの「悟り」というものを表しています。
従って、最初の6つが今世の「サンサーラ」と呼ばれる生から死までのサイクル、7番目から19番が復活の、つまりスピリチュアルな完成を目指すサイクルで、最後の20番目が「悟り」(啓発)ということになります。そしてこの「19」だけがこのような形で斜めのラインを作っています。

ドットバー・コード(棒と点のコード)で、このように「19」を書くと、棒3本と点4つで、全部で7つの単位でできています。つまり「19」という数字は、7つの印で表記することができます。
たとえばその2倍にあたる「38」はどうでしょうか。一桁上の位なので、点1個が「20」になりますが、すると「20」の位が「1」で、下の位に「18」がきますから、「18」というのは、点3個と棒3本で書きますから、全部でやはり7つの単位になります。

たとえば19*8=152で見てみると、「7.12」となり、それは「点2個と棒1本」と「点2個と棒2本」で、やはり7つの単位になります。このようにして、私は「19」の倍数が7つの要素でできていることを発見しました。他の数字でも試してみましたが、「19」という数字だけが倍数において、7つという変わらない性質を持っていることがわかりました。ただ例外がひとつだけありました。それは「988」で「19×52」という偉大な数字なのですが、この数字を書いてみると、唯一の例外になるのです。最初が8(点3個と棒1本)で、次の段階では点1個が20になりますから、20×9で180(点4個と棒1本)、1番上の桁は400の桁なので2個で「800」(点2個)になります。これは一見例外のように見えるのですが、点5つというのは、棒1本に等しいので、400の位の点を1個取って、20の位の点4個に足して棒1本にすると、棒3本と点4個となって、やはりここで「7」という数字が出てきます。これは「19」の倍数自体が、すべて普遍的な性質を持っているという証明で「時間の法則」の一部になっています。

これまでのスピリチュアルな教えをすべて肯定し、裏づけるものが「時間の法則」なのだと先ほど言いました。従って、もし何らかのスピリチュアルな教えに真実があるのであれば、それは「時間の法則」にもあてはまるということなんです。イスラム教及びコーランに、この「時間の法則」をあてはめるということは、大きな挑戦でしたが、これによって「19」という数字に基づいたイスラムの教えも真実だということが、実際に確かめられたのです。
このことについて『19=260』というテキストを書いたのですが、この『19=260』の意味は、「19」という数字が完璧なより糸となって、「ツォルキン」の260単位全体をつなぎ留めているということです。
しかし、このテキストの公表には少し時間がかかりました。なぜなら、この説が原因でラシャド・カリファがアリゾナ州のトゥーソンで暗殺されたからです。

私のこの発見の前、私の娘はトゥーソンに住んでいました。<13の月の暦>に関するメッセージを広めようと世界を回っていた頃のことです。1997年になって私たちはトゥーソンの娘の近くに落ち着こうと思っていました。そしてラシャド・カリファ博士の研究をしてみようと思っていました。結果的には私たちが住み始めたところは、なんと彼が暗殺されたモスクからほんの1マイルも離れていないところでした。
また、私たちはバチカンともコンタクトを取ろうとしていたのですが、バチカンは、私たちにアメリカ国内にあるバチカンの天文台に連絡を取るようにと指示してきました。そのバチカンの観測所があったのも、やはりトゥーソンだったのです。それもまた私の家から1マイルほどでした。
ラシャド・カリファのモスクも、バチカンの天文台も、「時間の法則」の研究をしていた私もすべて近くにあったので、郵便番号もすべて同じ、最後に「19」がついた「85719」でした。

1998年の暮れに、私は自分たちがつけられていることに気が付きました。そこで、そろそろトゥーソンを発たねばならないと決心したのです。ティネッタ・ムハンマドが私たちを訪ねたのは98年の9月末のことでしたが、彼女がトゥーソンにいる私たちに会いにくるのは、まるで彼女がラシャド・カリファにトゥーソンで会ったのと似たような状況でした。
彼女が私の自宅にくる予定の朝のこと、私はトゥーソンの新聞を見ました。一面にあった見出しに引かれて、私は新聞を買いました。それはケニアとタンザニアの大使館爆破事件のちょうど後のことでしたが、トゥーソンのモスクでの暗殺とケニアで爆発を起こした団体とは関係があるというような内容でした。つまりラシャド・カリファの暗殺と、アフリカの大使館の爆破事件は同一団体による犯行だった可能性があるというのです。
その日、ティネッタ・ムハンマドが来るやいなや、この記事を彼女に見せました。そして全員一致でトゥーソンを離れた方がいいという結論に達しました。
しかし、崇高でスピリチュアルな教えはすべてつながっていて、それは数学的に証明可能だということ自体はくつがえすことのできない数学的な証拠です。

「19」以外にも数字があります。それは「7」という数字です。
去年の夏のこと、私は妻とティオティワカンで行われる「時間をはずした日」の盛大な儀式に参加するためにメキシコに滞在していました。そして新年をケツァルコアトルの聖地である場所で迎えました。
同じ頃、中南米のケーブルテレビ会社から「ホゼ・アグエイアスのドキュメンタリー番組を作りたい」という提案を受けていました。私は「ドキュメンタリー制作に相応しい場所はパレンケしかない。パレンケで撮影するのがいいでしょう」と言いました。
そして預言の第7年の3日目に、私たちはパレンケに行きました。ここにも「7」がありますね。

私たちはその何ヶ月か前にある情報を受けていました。それは墓の発見以来、もっとも衝撃的な発見がパレンケで起きたというものでした。
発見されたのは巨大な石の玉座でした。もちろんそれは「19の神殿」で発見されました。その玉座は「アー・カル・モ・ナブ」という人物の命令で作られたものでした。この玉座は1715年、つまり墓が建てられてから23年後に作られたと思われますが、面白いことにこの墓が建てられた日付がボロン・イク、つまり「9・風」でした。

私たちはその朝パレンケへ行って、「パレンケの守護者(番人)」と呼ばれるモイセス・モラレスという人物に会いました。それは私、ホゼ・アグエイアスにとっても素晴らしい一日でした。なぜなら、私は一日だけパレンケの王になれたからです。本当は儀式以外での音楽演奏は禁じられているのですが、その日はどこで尺八を吹いても許されたのです。
そこで私はモラレスに玉座について尋ねました。すると、彼が「中をお見せしましょう」と言うのです。それは本当に特別なことでした。なぜなら、それまでに玉座を見たのは、考古学者と関係者以外ではメキシコの大統領だけだったからです。
私たちは玉座に向かいました。さて、ここから先はボロン・イクから話してもらいましょう。

ロイディーン(ボロン・イク):

夫と出会ったときから、私は自分の誕生日が「白い太陽の風」、つまりボロン・イクであることは知っていました。今年は預言の7年目ですので、私たちがこの「白い太陽の風」を祝うようになって19年が経ちました。
玉座の話をする前に、もうひとつ話しておきたいことがあるのですが、はじめて私が夫に赤い花束を贈ったのも「9・風」、ボロン・イクという日でした。それは19年前のヴァレンタイン・デーのことでした。
ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、<テレクトノン>では、男性面(パカル・ヴォタン)と女性面(ボロン・イク)の両方があります。

私たちはパレンケでモイセス・モラレスに会って、彼に導かれ玉座に行きました。そのとき、モラレスは私の銀河の紋章が「ボロン・イク」だということは知っていました。そしてまた、私の母がマヤという名前であることも知っていました。そのような事情から、モラレスは私たちを玉座に連れていくのに興奮していました。私はいとも簡単に玉座へ至る階段を上がっていきました。
モラレスは、その玉座を発見したクリストファー・パウエルという若い考古学者の背景についても語ってくれたのですが、彼の話によると、クリストファー・パウエルはパレンケにまつわる情報について、宇宙的な要素も、ある程度受け入れていたようです。クリストファー・パウエルは、玉座の一面にある「アー・カル・モ・ナブ」という人物の歴史的な側面、つまりその玉座の完成時期や背景に関わる日付について述べています。しかし、モラレスが実際に私たちに伝えたかったのは、それとは反対側にあるもっと宇宙的な要素で、彼は玉座に現れた「ボロン・イク」の日付について説明してくれたのです。

最初期に現れる「ボロン・イク」の日付は紀元前2360年で、2番目が紀元前2304年です。そして、このとき私たちはとても興奮したのですが、この2つの日付の間には、56年という隔たりがあるのです。
今年、私は56才、つまり「ボロン・イク」である私の誕生日から数えて56年目に当たります。またそこにはさらに「宇宙の世界の橋渡し」という重要な手がかりとなる日付がありました。これはパカル・ヴォタンの墓においても重要な鍵となる日付なのです。
その後も私たちはパレンケ周辺を旅したのですが、帰宅後に、また深い啓示を受け取ったのです。それはボロン・イクというのがパレンケの歴史において重要な血統を引き継いでいるということでした。つまり、ボロン・イクの化身が代々続いているというのです。その中にパカル・ヴォタンもある時代に含まれるということです。

ポートランドで私はこんなことを聞かれたことがあります。
「….ということは、あなたがあの玉座に座っていたボロン・イクなんですか? なのに、いまだ56才なんですか?」と。
「いいえ、もっと深遠な意味があります」と私は答えました。玉座は、もっと神の玉座のような様式で作られていました。つまりパレンケにはもっと高次の力が存在したということです。
化身の本当の意味というのは、このエネルギーが継続していくということであって、たとえば血筋によって王の息子が次の王になるというように、代々世襲制によって受け継がれていくという意味ではないのです。つまりボロン・イクが代々続いていくというのは、肉体的次元で受け継がれていくという意味ではありません。

私は19年間ホゼ・アグエイアスと一緒に暮らしていますが、その間、高次元の存在からくる深い信頼や直感に従って生きてきました。ですから、このパレンケでの体験は、「共時性秩序」を表すための格好の出来事でした。
「共時性秩序」においては、私たちは、より高次の原理に従って各々の役割を果たしています。私の夫は、昨日、知識を受け取る者(principle of knowledge)であるヴァルム・ヴォタンとしての自分の役割について話してきました。同じように、私がボロン・イクであるということは、この数学的な知識の秩序の中で、ほんの一部の役割を果たしているに過ぎないということです。この日付の隔たりが56年だということは、それは私が今年56才になったということと非常に関係があります。これは一種のサインです。ですから、いま、高次元において、女性原理と男性原理が統一されるということは偶然ではありません。

ホゼからの話はまださらに続きますが、今日みなさんは、数字と「共時性秩序」における話をたくさん聞いたので、<テレクトノン>の原理がよく理解できたのではないかと思います。それは「すべては数字である。神も数字である。神はすべての中に在る」という原理です。ですから、私たちは、いま、生きているこの一瞬一瞬を大切に過ごしていかなくてはなりません。なぜなら、その瞬間の中にこそ「共時性秩序」があるかもしれないからです。このパレンケへの旅は、私個人としては非常に満足のいく、また私を幸福感に満ち溢れさせてくれるものでした。

ホゼ:

興味深いことに、この玉座が発見されたのは、彼女が56才になる数週間前のことでした。この情報を考古学者に伝えると、彼らは非常に驚いていました。これもまたタイミング、先日お話したテルマということと関係しています。パカル・ヴォタンの墓が建てられてからちょうど1260年後に開かれたように、ここにも同じ原理が働いています。このボロン・イクの発見、そしてボロン・イクのサイクルが56であるということは、現在のボロン・イクが56才になっているということとも関係あります。

ロイディーンも話しましたように、オレゴンに戻った私たちは、パレンケで得た情報を再び吸収しました。それを身体の中に取り入れて、私はそれをもとに何か書こうとしました。しかしその情報は、その時点で文字に表すにはあまりにも広大でした。しかし、視覚的になら、その意味を表現するのは可能だと思いました。
そこで、「時間の法則」の「7つの大アルカナ(大秘法)」というものが出てきたのです。この7つの大アルカナは、7つのプラズマ、あるいは7つの封印というものにコード化されています。それは「7」という数の力の「時間の法則」にしたがって、他の「時間の法則」の構築物をコーディネイトするためのいわば象徴的な型です。

最初が玉座というアルカナ、その中には、<7:7::7:7>も含まれています。最初のはダリのためのもので、2番目はセリのためのもの、これは化身のアルカナで、時間の輪を動かすためのものです。これはちょうど今日という日(銀河の月16日)に対応するものです。<7:7::7:7>で16番目にあたる日のカードがあるのですが、それから、<20の銘板>のルーンもあります。それ以外にももうひとつ、「24のルーン」と呼ばれる別のルーンがあって、エルダー・フサルクと呼ばれています。
そして3番目はガンマというものに対応していて、これは「神秘のアルカナ」です。中心にあるのは、ダルマカヤ・ストゥーパと呼ばれるものです。私たちの師である、チョギャム・トゥルンパ・リンポシェのことを表わしています。そのために作られているストゥーパです。

4番目はカリ、つまり「イニシエーション」で、中心には、パカル・ヴォタンの墓のイメージがあります。
5番目はアルファ。これは「時空のアルカナ」と呼ばれるもので、すごく特別なものです。パレンケも玉座もリアルなものです。ツォルキンもリアルだし、「13の月の暦」もリアルです。
6番目は、「超越」と呼ばれるもので、<7:7::7:7>では、これは「私は二元的な思考を食べ物として消費する」というものに対応しています。そして、また別な形ではこのような考古学的な遺跡として位置付けられるのですが、パレンケにそれ以上の超越的なものがあります。
そして最後の7番目は「立方体」と呼ばれるものです。そして3つの交差する面があって、全体として立方体を作っています。

最初の第1のものと第7のものが女性であるように、その裏側にそれぞれ対応するものが書かれています。これが「時間の法則」の7つの大アルカナというものです。これは時間航行士の操舵室をコーディネートするものです。おそらく来年にはその情報がまとめられるでしょう。先日も言いましたが、家具をどけて、スペースを作らなければなりません。そしてタイムトラベルを実践するのです。2012年までには、私たちはパカル・ヴォタンのように、宙に浮くようになっているでしょう。それを実践するために、いまから古い家具を脇によけておくのです。

この2つのボロン・イクを表す日付の間には、「13・世界の橋渡し」もしくは「13・シミ(キミ)」というものがあり、キン番号は26です。墓の蓋の部分には、このはっきりした印がありますが、13個ある印のうちの13番目(13・世界の橋渡し)が、玉座と墓を結びつける鍵となっている印だということが解りました。<7:7::7:7>では、「13・世界の橋渡し」はコード・キンのひとつとなっています。

話が、<7:7::7:7>に戻ってしまいますが、みなさんが覚えているかどうかわかりませんが、今日はシンクロニック・サンドイッチの食べ過ぎで消化不良を起こしているかもしれないので、昨日教えたことの全部は覚えていないかもしれません。ではもう一度、テレクトノン・マヨネーズをだして、<ドリームスペル>の大麦パンを食べてみましょう。そして<7:7::7:7>というごちそうを食べてみましょう。

ひと月には4つの週があります。1週には7日間あって、各週の1日は7つのプラズマでコード化されています。第1週は、カトゥンに等しい1日が1カトゥンにあたっていました。そして1カトゥンは260ヶ月です。で、この月の数をひとつのキン、つまり月をキンと考えてみますと、全部で260ですから、キン260と対応する「13・太陽」となります。従って、最初の週のコード・キンは「13・太陽」だといっています。
第2週では各1日は、1年に対応していました。ここで、13という月の数がでてきますから、それと260を足し合わせると、273ということになります。273というのは、260を一巡りしてさらに13先に進んだ数ですので、ここで260がマイナスされて13という数が得られます。これをキン番号に対応させると、「13・空歩く者」になります。<テレクトノン>では、「空歩く者」は、預言の力を維持しているものです。第2週は、預言の第7年を表している週でした。ですから、まさにぴったりなわけです。

第3週は、これも第2週目と同じように、それぞれの週の日にちはそれぞれ1年になります。1年は13か月、そして、その上の数にまた13を足すと286になります。この286という数は、260よりも26多い数です。従って、キン26を見てみますと、それが先ほどお話しした玉座と墓を結びつける「13・世界の橋渡し」となります。これもまた完璧な対応関係があるのでが、これは「石の神秘の7年」と呼ばれる、2004年から2011年までの7年間のことを指しています。そしてこの神秘の石というのは、生と死の謎を解くということに関係があります。それが墓と玉座の意味であり、また「石の神秘」というものの意味なのです。従って、第3週のコードキンはキン26ということになります。

そして、最後の週である第4週は、それぞれの日にちがひと月に等しいというものです。第4週はひと月ですから、1キンに等しいということになります。286に1だけ足して287となり、これは287は260よりも27大きいので、キン27となります。みなさんは「数字フリーク」にならなければいけません。そしてこれを十分に味わわなければいけません。
これは<7:7::7:7>と呼ばれますが、最後の数字(287)を見て下さい。287は、28と7に分けられます。そして7に4をかけると28で、7が基本単位となって、287という数をつくっています。さらにこれは41に7をかけ合わせた数でもあります。

これはチリで気づいたことなのですが、<20の銘板>でも、<7:7::7:7>でもそうなのですが、これを実践していく上では、みなさんはある意味でNAA(数字中毒者匿名会)にならなければいけません。一度、こうなったらもう自分でも止められない(笑)ので、12:60の世界の人からみると、ほとんど狂人のように見られてしまうのですが、時間航行士の仲間を探してNAAを作るとよいでしょう。
キン27は、「磁気の」という音ですが、ボロン・イクの57才の誕生日、つまり3×19の誕生日は、「青い磁気の手」になります。
「7つの神秘の月」というものを覚えていますか? <7:7::7:7>の4週目は、13バクトゥンの最後の7ヶ月であるだけでなく、時間船を打ち上げるための「7つの神秘の月」というプラスワンの要素も入っています。つまり、13バクトゥンの最後の7ヶ月の、これは16年目の倍音の月に完成されます。それから、「時間をはずした月」というものがきます。これは律動の月で、キン201に当たります。この時に2012年の冬至の日が起こります。その律動の月以降、2013年の7月の銀河の同期までに、もう7ヶ月が残っています。それが神秘の月と呼ばれているものです。これらの月にキン番号を対応させると、キン202からキン208ということになります。

今日銀河の月16日は、キン205ですから、「惑星の蛇」ということになりますが、この考え方からすると、同時に、2013年に入ってからの惑星の月にも対応しているということになります。そしてキン208の「宇宙の星」のところにいく頃には、銀河の同期に当たる2013年の7月の直前の、最後の宇宙の月ということになります。このようにして、「共時性秩序」のレベルを上げ、タイムトラベルの機会を増やしていくのです。
真髄的なものというのは、第5の本質という意味でもあるのですが、この5番目の神秘の月が、第4週のあとに、プラスワンの要素として加わるために、キンもひとつ増えます。つまりひと月増えるので、287にさらにプラス・ワンされて288になります。そして288という数字の興味深いことに、144×2というように書けます。<20の銘板>では、144という数字が2回出てくるのですが、それはACマニトウと呼ばれるものを完了させる第8年に当たる第8の銘板と、もうひとつは、CAマニトウを完了させる<20の銘板>の最後の第16の銘板です。

288という数字は、光調波の数字と銀河脳の2つを合わせた数字と呼ぶことができます。そして、真の時間航行士は、自分が銀河脳の一部であるということを知っています(inspire to realize)。つまり、私たちの脳は、すべて大きな銀河脳の一部としてそれぞれ機能しているのです。
第5番目の真髄的な部分にあたるキンは、キン28、つまり「月の星」ということになります。この「月の」というのは、これらすべてが「13の月の暦」に関連するものであるということを教えてくれています。なぜ星かというと、私たちが星の進化の一部になっているということなのです。この28と288という数字をみると、キン28に「星」のコード数字である8を付け加えると288になります。こんなことですぐ興奮するようになったら、NAA(数字中毒患者救済協会)にすぐ電話をしたほうがいいでしょう。もう中毒症状が始まった方もいるようですが….。(笑)

もうひとつ28について興味深い点は、キン28は7番目の調波を完了させるコードだということです。ここでまた7という数字に戻ります。つまり、28は4で割ると7になるということです。つまり調波7が終わるのが、このキン28です。
これらが、「共時性秩序」の完成度というものを示すものです。このようなことが可能になるためには、まず「時間の法則」を理解しなくてはなりません。これは「13の月の暦」を使い始めれば、何も特別なことではありません。なぜなら、これらのことすべてが、「13の月の暦」の中にコード化されて入っているからです。先ほどもお話ししたフラクタル時間圧縮ですが、28日の中にすべてが圧縮されて入っています。つまり、第1週では1日で1カトゥンを生きるようになり、そして第4週になると、未来のひと月と、プラス・ワンの神秘の月のひと月を生きるということになります。そしてもちろん毎週、ひとつの感覚量子と、ひとつのテレパシー量子というものを常に自分で調節していくことになります。

毎週、ひとつの感覚量子とひとつのテレパシー量子を作ります。そして2週間かけて、ひとつの正4面体を作ります。正4面体はもっともシンプルな形の多面体で、そして2週目には、4つの正3角形を付けてひとつの正4面体を作ります。また毎週作るものがもうひとつあります。それは時間原子と呼ばれるものです。後半の2週間の方では、正4面体をもうひとつ作ります。第4週の終わりになると、この2週ごとに作った正4面体2つをくっつけて8つの面が生まれるので、それによって正8面体を作ります。

このようにして全部で8つの量子(感覚量子とテレパシー量子それぞれ4つずつ)というものと、2つの正4面体を作り、その月の第4週の終わりの日には、ひとつの暝想として、正8面体の構造を作ります。正8面体というのは、面が8つあって、頂点が6つある構造です。それぞれ、上に4面下に4面あります。立方体と正8面体には、興味深い関係性があります。立方体というのは、6つの面と8つの頂点があります。つまり立方体を立てると上に4つの頂点があって、下にも4つの頂点があって合計8つです。そして正8面体の方はそれと逆の関係になっていて、6つの頂点があって、面が8つということになります。この正8面体のひとつのポイントというのは、それが地球の中心にある水晶を表しているということです。

従って、<7:7::7:7>では、最終週の終わりに到達し、その月の28日になると、みなさん自身をコドン立方体の中に位置づけるのと、その外側に放射子の立方体というものを置いて、そして6つの放射状プラズマが、その外側の放射子の立方体のそれぞれに置かれ、中心のシリオがまた自分の中心にあって、まずその週のウル・ルーンがひとつありますが、そのハートの中心からDNAを癒すための光を放射します。そしてまた同時にシリオもまたハートにあって、それは地球の中心を表すものになっていて、そのような形で二重の立方体がハートの中心で保たれているのですが、その状態をそのまま地球の中心にある正8面体の構造の中に位置づけるのです。このようにして、私たちは地球と自分との相互浸透作用のようなものを継続的に作りだすのです。

そして毎月こういったことをやることで、地球の中心に行きます。これらのことがこの情報のすべてなのです。地球を正しい配列状態にして、そしてこの時間原子というものが、ひと月に2つありますから、それが北極と南極にそれぞれ対応し、重力場を安定させます。
人間の意識の能力というものは、地球と相互作用しています。もう一度デモンストレーションとしてお見せしたいのですが、これもまた「虹の橋」をかけることに関係があります。「虹の橋」はその時だけでなく、ずっと存続していて欲しいものです。

ご存じのように、「預言の7年間」は、次の(西暦2000年の)「時間をはずした日」で終了します。その後、2004年から石の神秘が始りますが、その間4年間ブランクがあります。この4年間の間に、<倫理プロジェクト>に非常に似たもうひとつの実践があります。
私たちは、再びサイバンクを開き、そしてそれがきれいであることを確かめます。そしてサイ・ニンボイド膜というものを開きます。サイバンクには4つのプレートがあります。そのプレートひとつひとつは、6つに分れます。6×4は24です。思い出して欲しいのですが、ここはヴェラトローパ24の星でしたね。そしてこの惑星は24.3です。このルーンをご覧になったことがあるかもしれませんが、これはエルダー・フサルクと呼ばれる原初の24のルーンです。24のルーンが、24のサイ・ニンボイド膜をコード化します。ここでは「サイ時間単位」を使いますが、同時にこのルーンも使います。

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<時間の法則の20の銘板>によると、1997年から2004年までの8年間は、「始源の連続」を確立するためのものです。24のエルダー・フサルクは、原初のルーンを表すものです。これは<20の銘板>と<テレクトノン>に付随するものです。
(以下、図説)これが最初の3年間、それから「虹の橋」です。そして次の4年間がきます。これはこの4つのサイプレートに対応します。つまり毎年私たちは、6つのルーンを確立します、そして7年目、これは7人の先覚者たちの周期を完了します。これでサイバンクにおいて原初のルーンを確立するのです。それによって、「始源の連続」というものを確実にします。
そして1週ごと4週間、それぞれひとつひとつの週がこの4つに対応します。ちょうどコドンが6本の線を持っているように、6つでひと組のルーンがあるのです。そして「時間をはずした日」までには、<テレクトノン>と<20の銘板>に付随する資料として、これに関する情報を、何らかのブックレットにまとめたいと思っています。

今度の新年にあたる青い銀河の嵐の年から、サイ時間単位を使ったサイバンクを開くという活動と平行して、この24のルーンを使ってサイバンクを活性化するという実践を即座に始めることができます。これが、共時性サンドイッチのカクテル・パーティを終わらせることになります。このとき、時間航行士として、ひとつのことをしっかりと覚えておかなければなりません。みなさんの手中にあるのは、ただ時間だけだということ。いまは惑星規模の緊急事態に陥っていますが、すぐに「13の月の暦」を始めとする様々なレベルの他の実践を始めましょう。2012年までには13年も残っているのです。そして2004年にまで至ったら、テレパシー自体が非常に電気的なものになっているでしょう。

私たちは、ここまでこの7年間、非常に長い道のりを歩いてきました。おわかりのように、この知識は私たちの進化の許容量を大きくするための新しいタイプの大事な情報です。みなさんが熱心に聞いてくださったことに感謝しています。今度はいつ日本に戻ってくるかはわかりません。しかし、私たちは日本を本当に愛しています。心から日本が好きです。これだけ宿題を与えたので、みなさんには十分な勉強の材料があると思います。ということで、また私たちが会うか、またみなさんが三次元において私たちに会いにきてくれるか、その日まで、私たちは一所懸命にテレパシーを確立しましょう。

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みなさんには卒業証書を渡せたらいいのですが….。高橋夫妻がこのコピーをとって、みなさんにいき渡るようにします。これは時間航行士の最終試験に関わるもので、5日間に渡って最終試験があるのですが、これを勉強してそれに備えて下さい。その最終試験は「ワイエブ」と呼ばれる73番目の倍音色彩の日に当たっています。地球家族のような形で集まることを通して、最終試験、つまり「虹の橋」をかけることができるようになっています。
私は魔法使いのスタンプを持っているので、コピーにスタンプを押して、正式なものにしてから、みなさんにお渡ししたいと思います。みなさんは初級時間航行士としての資格をもう十分に持っていると思いますので、このような形の証明書をお渡ししたいのです。

これまで7日間、非常に楽しく、素晴らしく、喜ばしい時を過ごすことができました。
みなさん、どうもありがとうございました。
(この後、いろんな人への感謝の言葉が続く)

講演者:ホゼ&ロイディーン・アグエイアス
通訳:高橋 徹、甲斐 さやか
監訳:滝元 隆伸
編集・文責:7Days Seminar 実行委員会

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